涙レベル ★★★★☆(4/5)
失ったものの大きさと、それでも前に進もうとする時間の重みが、静かに、じわじわと胸に沁みてきます。
気づけば、応援するような気持ちで見守りながら、そっと涙がこぼれている。
そんな感動です。
『ウォーク。ライド。ロデオ。』は、事故によって人生が一変した一人の女性が、もう一度“自分の人生を取り戻そうとする過程”を描いた実話ベースの映画です。
夢に向かって一直線だった日々。
突然突きつけられた、「下半身が動かない」という現実。
それでもアンバリーは、「もう一度、馬に乗りたい」という想いだけを手放しません。
この映画が心を打つのは、奇跡のような復活ではなく、立ち上がるまでの“時間”を丁寧に描いているから。
前に進めない日も、立ち止まる日も含めて、それでも人生は続いていく。
そんな事実を、静かな余韻とともに伝えてくれる一本です。
作品情報
- タイトル:ウォーク。ライド。ロデオ。 (原題:Walk. Ride. Rodeo.)
- 公開年:2019年
- ジャンル:ヒューマンドラマ/実話
- 監督:コナー・アリン
- 主演:スペンサー・ロック、ミッシー・パイル
- 上映時間:99分
- 制作国:アメリカ
- 原作:実在のバレルレーサー、アンバリー・スナイダーの実話に基づく物語
あらすじ(ネタバレなし)
全米トップレベルのバレルレーサー(ロデオ競技)を目指し、馬とともに生きてきた少女アンバリー。
才能と努力に恵まれ、夢に向かって順調な日々を送っていました。
しかし、ある日突然の交通事故によって、彼女の人生は一変します。
医師から告げられたのは、「下半身が動かない」という、あまりにも過酷な現実でした。
一瞬にして奪われた夢。
以前のように馬に乗ることも、思い通りに体を動かすこともできない日々。
それでもアンバリーの心から消えなかったのは、「もう一度、馬に乗りたい」という強い想いでした。
家族や友人、コーチたちの支えを受けながら、アンバリーは長く厳しいリハビリに向き合っていきます。
できないことの多さに打ちのめされながらも、少しずつ、自分の身体と人生を取り戻そうとする日々。
これは、奇跡を待つ物語ではありません。
失ったものの大きさと向き合いながら、それでも前に進もうとする一人の女性の、静かで力強い実話ドラマです。
感情スコア(まにまにシネマ)
★=弱め / ★★★=ほどよい / ★★★★★=強め
| 感情 | スコア |
|---|---|
| 涙レベル | ★★★★☆(4/5) 失ったものの大きさと、それでも前に進もうとする時間が、静かに胸に沁みてくる |
| 感動レベル | ★★★★☆(4/5) 小さな前進の積み重ねが、気づけば心を動かしている |
| 希望レベル | ★★★★☆(4/5) 絶望の中に、静かに灯る「続いていく未来」が感じられる |
| 余韻レベル | ★★★★☆(4/5) 観終わったあと、応援する気持ちと温かさが静かに残り続ける |
実話ベースの物語について
実話をもとにした物語
『ウォーク。ライド。ロデオ。』は、実在のバレルレーサー アンバリー・スナイダーの人生をもとに制作された映画です。
突然の事故によって、下半身が動かなくなるという現実。
そして、そこから「もう一度、馬に乗る」という目標に向かって歩み始めた彼女の物語は、フィクションではなく、実際に起きた出来事に根ざしています。
ただし本作は、
「実話だから感動する」ことを前面に押し出す作品ではありません。
実話であることは、この物語の“肩書き”ではなく、背景として静かに存在している要素にとどまっています。
どこまでが事実なのか
交通事故によって重い障害を負ったこと。
長く厳しいリハビリの時間を過ごしたこと。
そして、再びロデオの世界に挑戦したこと。
こうした物語の大きな流れは、アンバリー・スナイダー本人の実体験をもとに描かれています。
一方で、日々の細かな出来事や人間関係、感情のやり取りについては、映画として再構成されています。
しかしそれは、
事実を脚色して“盛り上げる”ためではなく、現実にあった時間の重さや揺れを、観る側が感じ取れる形にするためのものです。
映画としての脚色との距離感
この映画が印象的なのは、実話を「奇跡の復活劇」として描かなかった点にあります。
事故のあと、すぐに希望が見えるわけでもなく、努力すれば必ず報われる、という単純な構図でもありません。
できないことが増え、前に進んでいるのかさえ分からない時間が続く。
映画はその“止まっているように見える時間”を、急がず、誇張せずに描いていきます。
だからこそ観る側は、
「特別な人の話」ではなく、誰の人生にも起こり得る選択と時間の物語として受け取ることができるのです。
なぜ、この実話は心を打つのか
この物語が胸に残る理由は、「元に戻ること」をゴールにしていないからかもしれません。
失ったものは戻らない。事故の前と同じ人生には戻れない。
それでも、別の形で人生を続けていくことはできる。
『ウォーク。ライド。ロデオ。』が描いているのは、勝利や成功そのものではなく、失った現実を抱えたまま、それでも前に進もうとする姿です。
実話であるという事実は、その選択が現実の中で確かに行われたという証。
だからこの物語は、静かでありながら、深く心に残るのだと思います。
テーマ解説|失ったものと、それでも続いていく時間
『ウォーク。ライド。ロデオ。』が描いているのは、「困難を乗り越えて成功する物語」ではありません。
もっと静かで、もっと現実的な、失ったものを抱えたまま生きていく時間の物語です。
事故によって、アンバリーは、それまで当たり前だった身体の感覚や、競技者としての未来を一度に失います。
その喪失は、努力や気合いで簡単に埋められるものではありません。
この映画は、「前を向こう」と言葉で励ますことよりも、立ち止まってしまう時間そのものを丁寧に描いていきます。
失ったものの大きさから、目をそらさない
本作が印象的なのは、アンバリーがすぐに強くならない点です。
泣き叫ぶわけでもなく、すぐに立ち上がれるわけでもない。
ただ、「もう一度、馬に乗りたい」という想いだけが、消えずに残っている。
その小さな願いだけを頼りに、長く、終わりの見えない時間を進んでいく姿が描かれます。
映画は、失ったものを軽く扱うことも、奇跡で塗り替えることもしません。
だからこそ、喪失の重さが、そのまま観る側にも伝わってきます。
前に進むとは、「元に戻る」ことではない
『ウォーク。ライド。ロデオ。』が静かに示しているのは、前に進む=元通りになることではないという事実です。
事故の前と同じ身体には戻れない。
同じ形の人生には戻れない。
それでも、別の形で「続いていく人生」はある。
アンバリーが向き合っているのは、勝利や結果ではなく、「今の自分で、どこまで行けるのか」という問いです。
その問いに、すぐに答えが出ないところも、この物語の誠実さでしょう。
「ウォーク。ライド。ロデオ。」という言葉の意味
リハビリを始めるとき、アンバリーは目標を聞かれ、
「ウォーク。ライド。ロデオ。」と答えます。
その言葉は、この物語の結末を約束するものではありません。
どこまで行けるのか分からない中で、それでも前を向くために、自分自身に手渡した指針のような言葉です。
『ウォーク。ライド。ロデオ。』が静かに伝えてくるのは、前に進むとは、すべてを取り戻すことではなく、今の自分で、どこまで進めるかを受け止めていくことなのだ、という感覚です。
できることと、できないことが混ざり合う現実の中でも、人生は続いていく。
その事実を、この映画は誇張せず、やさしく描いています。
支えは、そっとそこにあるもの
この映画に登場する「支え」は、誰かを前に進ませるためのものではありません。
何かを言って励ますことでも、正解を示して導くことでもない。
必要なときに、ただそこにいる。
動けない時間を、否定せずに受け止める。
『ウォーク。ライド。ロデオ。』が描いているのは、支えとは「立たせる力」ではなく、倒れてもいい場所を残すことなのだという価値観です。
なぜ、この物語は静かに胸に残るのか
『ウォーク。ライド。ロデオ。』が心に残るのは、人生を劇的に変える瞬間ではなく、変わらない時間の積み重ねを描いているからです。
何も進んでいないように見える日々。
それでも確かに続いていく時間。
その中で生まれる小さな一歩が、気づけば、観る側の心にも重なっていきます。
この映画は、「がんばれ」と背中を押す作品ではありません。
ただ、立ち止まっている時間にも意味があると、そっと隣で教えてくれるような一作です。
こんな人におすすめ
実話ベースの物語に、静かに心を動かされる人
実在の人物の歩みをもとに描かれるからこそ、感情を誇張せず、ひとつひとつの選択が胸に残ります。
失ったものと向き合う物語に惹かれる人
元に戻らない現実を受け入れながら、それでも前に進もうとする時間の重みが、静かに伝わってきます。
大きな成功より、積み重ねの過程を描いた映画が好きな人
小さな一歩を重ねていく姿に心を動かされる方に。
気持ちが少し立ち止まっている夜に
観終わったあと、「無理に前を向かなくてもいい」と思えるような、やさしい余韻が残る一本です。
泣けるポイント
失ったものの大きさと、突然断ち切られる日常
事故によって、アンバリーは身体の自由だけでなく、当たり前だった未来を一度に失います。
夢に向かって一直線だった日常が、ある日を境に、音を立てて止まってしまう。
その喪失の大きさを、映画は過剰な演出をせず、静かに描いていきます。
だからこそ、「もし自分だったら」と胸が締めつけられます。
「できなくなった自分」と向き合う時間
アンバリーが直面するのは、できない現実そのものよりも、「以前の自分と比べてしまう時間」です。
前ならできたこと。
前なら迷わなかったこと。
そのひとつひとつが積み重なり、心に静かな痛みを残します。
それでも彼女は、自分の気持ちから目をそらさず、時間をかけて向き合っていきます。
その姿が、じわじわと涙を誘います。
小さな一歩が積み重なっていく過程
この映画で泣けるのは、大きな成功の瞬間ではありません。
立てた。
動いた。
少しだけ前に進めた。
その 「ほんの少し」の積み重ねが、気づけば胸をいっぱいにします。
応援するというより、見守るような気持ちで、そっと涙がこぼれる場面です。
支えられていることに、あとから気づく瞬間
アンバリーが前を向こうとするとき、すぐそばに、誰かが立っている。
何かを言うわけでも、背中を強く押すわけでもない。
ただ、そこにいる。
その光景を目にしたとき、観ている側はふと、「自分も、こうして支えられてきたのかもしれない」と気づかされます。
説明されないからこそ、その静けさが胸に残り、じわじわと涙につながっていきます。
感想・レビュー
『ウォーク。ライド。ロデオ。』は、画面を閉じたあと、しばらく心の奥に何かが残り続ける。
そんな感触を与えてくれる作品でした。
事故によって、アンバリーは多くのものを失います。
身体の自由、描いていた未来、当たり前だった日常。
けれどこの映画は、その喪失をドラマチックに強調することも、「乗り越えた」と簡単に言い切ることもしません。
できなくなった現実を前に、立ち止まり、迷い、それでも少しずつ進んでいく。
その時間の描き方がとても誠実で、だからこそ胸に響きます。
印象的なのは、前に進むことが「強くなること」として描かれていない点です。
泣かないから強いのでも、立ち上がるから立派なのでもない。
ただ、自分の気持ちから目をそらさず、今日できることを、今日の分だけ積み重ねていく。
その姿が、観る側の心にも静かに重なってきます。
家族や周囲の人たちも、彼女を無理に引っ張る存在ではありません。
必要な距離を保ちながら、そばにいる時間そのものが支えになっている。
その関係性が、「支えられること」「頼ること」の意味を、言葉ではなく感情で伝えてくれます。
『ウォーク。ライド。ロデオ。』は、
人生が大きく変わった瞬間を描く映画ではなく、変わってしまった人生と、どう付き合っていくかを描いた物語です。
前を向けない日があってもいい。
立ち止まる時間にも意味がある。
そんなことを、そっと肯定してくれるような一本でした。
『ウォーク。ライド。ロデオ。』はどこで見られる?【配信・DVD情報】
本作はNetflixのオリジナル映画として制作されており、現在はNetflixでのみ見放題で視聴できます。
| 視聴手段 | 配信・販売状況 |
|---|---|
| Prime Video(Amazon) | × 未配信 |
| Netflix | 〇 見放題配信中 |
| U-NEXT | × 未配信 |
| Hulu | × 未配信 |
| TSUTAYA DISCAS | × 取り扱い無し |
| DVD(販売) | × 取り扱い無し |
| Blu-ray(販売) | × 取り扱い無し |
※ Prime Video は Amazon の動画配信サービスです(旧称:Amazonプライム・ビデオ/通称:アマプラ)
ほかにも、実話や人生をテーマにした“静かに心を打つ洋画”を探している方へ。
Netflixで観られる泣ける洋画を10本厳選した記事もまとめています。
まとめ
『ウォーク。ライド。ロデオ。』は、奇跡や劇的な逆転を描く物語ではありません。
失ったものの大きさと向き合いながら、それでも「自分の人生を取り戻そう」とする時間が、淡々と、誠実に描かれていきます。
誰かに背中を強く押されるわけでもなく、派手な言葉で励まされるわけでもない。
それでも、人は少しずつ前に進める。
そんな現実的で、やさしい希望が胸に残ります。
実話だからこそ伝わってくる、「できることを、今日できる分だけ続けていく」という強さ。
観終わったあと、自分の歩幅を否定せずに歩いていこうと思える。
そんな静かな勇気をくれる一本です。


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